仙台高等裁判所 昭和33年(ネ)77号 判決 1959年7月07日
控訴人 小池嘉吉 外一名
被控訴人 白井寅之助
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴人らは、主文第一、二項同旨の判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、被控訴人が、(一)本訴で明渡を求める建物部分は別紙目録記載のとおりである。(二)仮りに控訴人嘉吉が控訴人謙次郎に本件建物部分を転貸したものでないとしても、嘉吉は謙次郎に本件建物部分の賃借権を譲渡した。(三)仮りに被控訴人と控訴人嘉吉間に本件賃貸借が解除されないで存続していたとしても、被控訴人は、正当な事由にもとづいて期間満了の六月以前に更新拒絶の意思表示をしたから、本件賃貸借は昭和三三年三月三一日期間満了によつて消滅した。(四)本件転貸又は賃借権の譲渡は本件賃貸借の信頼関係を裏切るものである。(五)権利濫用の抗弁は否認すると述べ、証拠として、甲第一〇号証を提出し、当審における証人若井治輔、被控訴人本人の各供述を援用し、乙第一四、一五号証、第一七号証、第一九号証の一、二、第二六号証の一ないし一一の成立を認める。第二一、二二号証の各二、第二四号証、第二五号証の一ないし八、第二七号証の一、二、第二八号証の一は郵便官署の作成部分の成立を認めるがその余の部分の成立は知らない、第二九号証は証明部分の成立を認めるがその余の部分の成立は知らない、第三〇号証は公署受付部分の成立を認めるがその余の部分の成立は知らない、第一六号証、第一八号証、第二〇号証の一、二、第二一、二二号証の各一、第二三号証の一、二、三第二八号証の二の成立は知らないと述べ、第一七号証を援用し、控訴人らが、(1) 被控訴人主張の(一)の事実を認める。(2) 仮りに本件賃貸借の期間が昭和三三年三月末日までの約定であつたとしても、控訴人嘉吉は昭和二八年六月当時の賃貸人たる若井治輔に前家賃として四万円を追加支払い一箇月五、〇〇〇円ずつ家賃に充当することとしたから、賃貸借の期間は昭和三三年一二月末日までと変更された。(3) 本件賃貸借の期限が到来したこと、賃貸借の更新拒絶の意思表示があつたことは否認する。仮りに更新拒絶の意思表示があつたとしても、更新拒絶についての正当事由がなかつた。(4) 仮りに控訴人嘉吉が控訴人謙次郎に本件建物部分を転貸したとしても、そこには本件賃貸借の信頼関係を傷付けるべき何物もなかつた。仮りにそうでなかつたとしても、本件契約解除は権利の濫用であつて法律の保護を受けるに値しないものであると述べ、証拠として、乙第一四ないし一八号証、第一九ないし二二号証の各一、二、第二三号証の一、二、三、第二四号証、第二五号証の一ないし八、第二六号証の一ないし一一、第二七、二八号証の各一、二、第二九、三〇号証を提出し、当審における証人若井治輔、芳賀新吉、小池千代野、小池寿美子、安部光信、控訴人両名の各供述を援用し、甲第一〇号証の成立を認めると述べた。
理由
一、訴外若井治輔が昭和二八年四月一日控訴人嘉吉に別紙目録記載の建物部分を賃料一箇月八、〇〇〇円の約定で賃貸したこと、右建物が現在被控訴人の所有に属すること、被控訴人が嘉吉に対し昭和三一年九月九日及び同年一〇月二日に無断転貸を理由として前記賃貸借契約解除の意思表示をしたこと、は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の一、二によれば、被控訴人が本件建物の所有権者となつたのは昭和三〇年五月であることが認められ、被控訴人が右所有権取得と同時に前記賃貸借における賃貸人の地位を承継したことは明らかである。
二、控訴人嘉吉が控訴人謙次郎に本件建物部分を転貸(又は賃借権の譲渡)したかどうかについて考えてみる。
成立に争いのない甲第四号証の一、二、第五号証、第九号証、原審証人斎藤桂蔵(一部)、曽部皓、荒池和男(一部)、満井義雄(一部)、原審並びに当審における被控訴人本人の各供述を総合すると、本件建物部分で昭和二八年四月からライオン堂なる商号を用いた洋品販売業が営まれていること、謙次郎が右ライオン堂の開店準備を指揮したこと、右ライオン堂の税金は謙次郎名義で申告、賦課、納税され、預金名義人は謙次郎であり、利益金は謙次郎あてに送金されていたこと、昭和三〇年一〇月一四日謙次郎名義で同年九月分の本件賃貸借の賃料三、五〇〇円が被控訴人のために供託され同供託書が被控訴人に送付されたこと、右ライオン堂備付の帳簿にはライオン堂は謙次郎の個人経営の如く記載され、本件賃貸借の賃料及び使用人の給料は謙次郎が支払つたように記帳されていること、白河税務署が前記ライオン堂の経営所得者を謙次郎と認めていたこと、等の事実を認めることができるから、右ライオン堂は昭和二八年四月の開店から謙次郎個人の経営にかかるものであり、そのころ謙次郎が嘉吉から本件建物部分を転借したか又はその賃借権の譲渡を受けたかのように思われる。しかし、これらの事実はこれを後記の各証拠に照らして考察するといまだもつて被控訴人主張の転貸又は賃借権の譲渡を認めしむるに足らず、これに成立に争いのない乙第六号証で認められる嘉吉が若松市大町に本店を有し前記ライオン堂と同じ洋品等の販売を目的とする株式会社ライオン堂の代表取締役であること、成立に争いのない乙第一五号証、当審証人若井治輔、安部光信の各証言によつて認められる嘉吉並びにその妻子が本件建物の存する白河市に居住しないこと、当審における控訴人謙次郎の供述によつて認められる同人が前記株式会社ライオン堂のいわゆる役員でないこと、前記乙第六号証で認められるライオン堂が株式会社ライオン堂の支店として登記されていないこと、郵便官署作成部分の成立に争いがなくその余の部分も当審における控訴人嘉吉の供述によつて真正に成立したものと認められる乙第二五号証の一、二、三で認められるライオン堂が株式会社ライオン堂の支店と称していなかつたこと、原審並びに当審証人若井治輔の各証言によつて認められる謙次郎が若井治輔から同人保管の本件賃貸借契約証書を借受け再三の返還要求にもかかわらずこれを返還せず一年位後に再作成方を申込んだこと、甲第三号証の一、二の発信人氏名が謙次郎から嘉吉に訂正されていること、等の事実を付加しても同様であつて、他に被控訴人の主張事実を認めるに足りる証拠はない(当審において被控訴人は嘉吉が若井治輔に対し本件建物部分の賃借人を嘉吉から謙次郎に変更方依頼したと供述するが、右は若井治輔の原審並びに当審における各証言、控訴人嘉吉の原審並びに当審における各供述に照らして信用しがたい)。
かえつて成立に争いのない乙第一号証、第一九号証の一、二、前記乙第一五号証、第二五号証の一、二、三、当審証人芳賀新吉の証言によつて真正に成立したものと認める乙第一六号証、当審における控訴人嘉吉の供述によつて真正に成立したものと認める乙第一八号証並びに同第二〇号証の一、二、郵便官署作成部分の成立に争いがなく、その余の部分も当審における控訴人嘉吉の供述によつて真正に成立したものと認める乙第二五号証の四、五、八、証明部分の成立に争いがなくその余の部分も真正に成立したものと認める乙第二九号証、原審証人荒池和男、満井義雄、当審証人若賀新吉、小池千代野、小池寿美子、安部光信、当審における控訴人謙次郎、原審並びに当審における控訴人嘉吉の各供述を総合すると、嘉吉が謙次郎に対し本件建物部分を転貸し又は賃借権を譲渡したことはないこと、本件建物部分で昭和二八年四月からライオン堂なる商号を用いて営まれていた洋品販売業は嘉吉の個人営業であること、謙次郎は嘉吉の妹の夫で昭和二七年まで中学校の教員をしていた者であるが、ライオン堂開店の昭和二八年四月ころ嘉吉が病気で自ら事を処理することができなかつたところから、その依頼によつて右開店準備の指揮をし、急を要したので所轄の白河税務署に営業主を謙次郎とする事実に反した届出をし、預金及び納税の形式上の名義人を謙次郎としたこと、ライオン堂の使用人が謙次郎が前記のとおりライオン堂の営業名義主であつたところから本件賃貸借の賃借人も謙次郎と誤信し同人名義で前認定の賃料の供託、供託書の送付をしたこと、ライオン堂の使用人は嘉吉が雇入れ、納税、賃料及び使用人の給料の支払、営業上の収支等はすべて嘉吉の計算でされ、商品の仕入れも嘉吉がしていた、等の事実を認めることができる。
してみると、転貸又は賃借権の譲渡を前提とする被控訴人の契約解除の主張はすでにこの点において理由がないものといわなければならない。
三、本件賃貸借が昭和三三年三月末日期間の満了によつて消滅したかどうかについて考えてみる。
原審証人若井治輔の証言によつて真正に成立したものと認める甲第二号証に同証人の証言を総合すると、本件賃貸借の期間は当初昭和二八年四月一日から昭和三三年三月三一日までの約定であつたことを認めることができる。控訴人らは、右の期間はその後同年一二月末日までと変更されたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
被控訴人は右昭和三三年三月末日より六月前に控訴人嘉吉に対し本件賃貸借更新拒絶の意思表示をしたと主張する。
そして被控訴人は原審で嘉吉に対し昭和三〇年六月一七日本件建物部分の明渡を求めるため調停の申立をしたと供述するが、当審では右の調停申立は乙第一七号証のとおりであつて嘉吉に対し本件建物部分の明渡を求めたものではないと供述し、成立に争いのない乙第一七号証には更新拒絶の意思表示の記載がないから、これらの証拠をもつてしては更新拒絶の意思表示があつたものと認めることはできない。
つぎに被控訴人は本訴で嘉吉に対し本件建物部分の明渡を求めているが、訴状によるとその請求原因は前記無断転貸を理由とする契約解除の意思表示によつて本件賃貸借は解除されたから本件建物部分の明渡を求めるというのであつて、これをもつて更新拒絶の意思表示とみることはできない。けだし、無断転貸を理由とする契約解除の意思表示と正当事由にもとずく更新拒絶の意思表示とでは、その法律的性質を異にするばかりでなく、賃貸借関係の終了を求める実質的理由も別異だからである。そして被控訴人は弁論終結まで右の請求を維持していたのであるから、その間に更新拒絶の意思表示があつたものと認めることもできない。その他被控訴人主張の適法有効な更新拒絶の意思表示のあつたことを認めるべき証拠がないから、本件賃貸借は被控訴人主張のとおり期間の満了によつて消滅したものとは認められない。
四、そうすると、その余の判断をするまでもなく、被控訴人の請求は理由がないからこれを棄却すべく、これと異なる原判決は不当であるからこれを取り消し、訴訟費用の負担につき民訴九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤規矩三 鳥羽久五郎 羽染徳次)
目録
白河市字中町四二番のイ
家屋番号第七六番
木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建店舗兼居宅一棟
建坪二八坪一合
二階坪二六坪六合
のうち階下一七坪(次図斜線部分)
図<省略>